白木峠は、西和賀町と秋田県横手市を結ぶ、標高601.6mの峠(別称・白木山)です。
その歴史は古く、後三年の役で安部貞任が越したと古書に残されており、その後も南部藩と佐竹藩との重要な往来道でした。
道は甚だ嶮岨(けんそ・地勢のけわしいさま)で容易ではない。さらに南の巣郷には平坦な往来道の秀衡街道があったが、遠距離なので後世に白木峠を通る道を開いた。(邦内郷村志)
険しくて越えるのに甚だ難儀をする。道は狭くてすれ違うのがやっと。駕籠(かご)は通れないし、荷物を積んだ馬は通れず、馬に乗って通ることもできない。しかし牛だけは荷物を積んで上り下りできる。(澤内風土記)
また、藩政時代「下り塩」として日本海側の東北各藩に移入された瀬戸内塩は、物部川を遡行して陸揚げされ、六郷・横手を中継地として、沢内・湯田など西和賀方面に入ってきました。
この白木峠も、下前の笹峠や左草の萱峠とともに「塩の道」でした。
現在は、古道の趣きを残した形で整備され、ハイキングコースとして賑わいを見せています。
5月頃に咲くユキツバキは、ここ白木峠が北限の自生地で、ミズバショウとの共演も見ることができます。
『ふきどり地蔵尊』
寛政6年(1794年)冬、秋田県六郷馬街の沢野権之助という人がふきどり(吹雪で遭難すること)し亡くなったことから、その供養のための地蔵さんと伝えられています。
その人は子供を抱いて倒れていて、子供の助けを求める鳴き声が、吹雪の音に混じって下の集落まで聞こえたと伝えられています。
晴れた日には、山頂から焼石連邦や栗駒山、鳥海山などを見ることができます。