鷲ノ巣金山跡 標柱設置作業

10月13日、秀衡街道観光ガイドの会の方々が「鷲ノ巣金山跡」の標柱設置作業を行うと聞き、取材にいってまいりました。

鷲ノ巣金山跡の入口がわからないという声が多かったこともあり、今回標柱を立てることとなりました。

 

【鷲ノ巣金山とは】
「鷲ノ巣金山」は、金を産出したといわれている数々の鉱山と違って、過去に掘られた形状がそのまま残存しているところです。
平泉の金色堂で代表される「黄金文化」は、藤原清衡が嘉保2年(1095年)平泉に居を移してから、基衡・秀衡の代、文治5年(1189年)まで約百年続きました。
その「黄金文化」を支えたものは大量の「金」でした。
町内各金山から産出された「金」を、秀衡街道をつかって仙人峠から平泉へ運ばれたといい伝えられています。

 

ガイドの会の方々は標柱を持って「鷲ノ巣金山跡」まで車で向かいました。

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到着し、いよいよ作業開始です!

最初に「鷲ノ巣金山跡」の入口に標柱を立てます。

まずは穴を掘る作業から入りました。

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スコップで1メートル近く穴を掘っていきます。

協力して作業を進めていき、入口付近の標柱は無事完成です!

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次に入口から少し進み、鷲ノ巣金山跡が見える所に標柱を立てます。

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しかしここではさっきとは違い、地面が岩でできているためなかなか穴が掘れず、ドリルで砕いていきました。

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岩が予想以上に硬く、途中でドリルがはまってしまうハプニングも!

深く掘るのが困難なため、周辺にあった岩を標柱の周りに置き、標柱を固定しました。

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そして無事完成です!

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秀衡街道観光ガイドの会菅原彰会長は

「標柱を無事立てることができてよかった。

鷲ノ巣金山跡は私もガイドする機会があるのですが、ここは昔のままの状態で残っている非常に珍しい場所なので、色々な方に知っていただきたいです」

と話していました。

 

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